きのこのリゾットを作るから、うちにおいでよ。と言われて、先日、ソムリエでもある友人宅へ行った。
彼女は、ガッルーラ地方の標高660メートルの小さな町、アラ・ディ・サルディ Alà dei Sardi の出身。
きのこはもちろん、彼女と87才の彼女のお父さんが田舎で採ったもの。
ポルチーニなどは、通常、八百屋さんやスーパーマーケットでは売られていない。
田舎に行って、自分でポルチーニなどのキノコを採る人が多いからだ。
リゾットに使われたお米は、サルデーニャ西部のサン・ヴェーロ・ミーリスの生産者、リーゾオリスターノ risoristano のもの。
野生のポルチーニの香りいっぱいの、非常においしいリゾットでした。
スプマンテ、白ワインと進んだところで、招待客のなかにベジタリアンの友人がいたので、おいしい赤ワインもあるのだけれども、やっぱりお肉と合わせたいから、と言ってフランチェスカが持ってきたワインは、何十年分の埃と蜘蛛の巣が絡みついたおぞましいボトル。
前述のお米の生産者、マルチェッロがお米の博物館を作ろうとしていて、古い倉を改装しているときに、なぜか壁のなかに200本近く埋められていたボトルを発見したものの1本。
マルチェッロのお父さんかおじいさんが作ったワインだそう。
この倉の建設時期を考えると、優に50年は経過しているワイン。
いや、樽で20年くらい熟成させたあとにビン詰されているから、もっと古いワインかもしれないと友人は言う。
サン・ヴェーロ・ミーリスは、オリスターノの近く。オリスターノと言えば、ヴェルナッチャ・ディ・オリスターノ Vernaccia di Oristano。
ヴェルナッチャ・ディ・オリスターノは、ソラレ方式で熟成させ、フロール酵母に触れさせながら独特の醸造方法で作られる、酸化熟成ワイン。
長い熟成に耐えるワインです。
この埃をかぶったボトルの琥珀色の液体は、もちろん、ヴェルナッチャ。
え~、これ飲まなきゃいけないの~。
招待客のソムリエの友人も、開けなくていい。捨てたほうがいい。と呟いているなか、フランチェスカはもう一人のソムリエである友人に、さっさとソムリエナイフを渡す。
この時代のサルデーニャ産のコルクは、もちろん、高品質のものであったに違いないが、開けた友人曰く、コルクがバター状になっている。
不純物がはいらないように、布で濾して、デキャンタに移し替えてから、グラスに注ぐ。
みんなおそるおそる、香りを嗅いでみる。
ソムリエである友人は、明日のヌオーヴァ・サルデーニャ(サルデーニャの地方新聞)に、ソムリエ4人がワインを飲んで食中毒、なんていう記事が載ったりして。なんて言いながら、ほんの少しグラスに口をつけている。
私も、グラスを鼻に近づける。香りは、大丈夫。悪くなってはいない。
ヴェルナッチャ・ディ・オリスターノ特有のアーモンドや乾燥フルーツの香り。
そして、ほんの少し、ヴェルナッチャを口に含んでみる。口の中で、ボコボコ泡が立つように、荒々しい。
何十年もボトルに閉じ込められていたワインが急に、外の空気と触れ合ったからかもしれない。
遥かかなたの大学時代に、九州の阿蘇山の麓の温泉地帯を散策した時に見た素晴らしい景色が私の頭に思い浮かぶ。
少し時間をおいて、もう一口、口に含んでみる。さっきの荒々しさは消え、とてもまろやかな口あたりとなり、そしてとても長い、長ーい余韻が続く。
みんなシーンとして、ワインの余韻に集中する。
さっき、捨ててしまえと言った友人は、すごいよ、これ。この部屋中、ヴェルナッチャの香りが充満しているよ、と叫ぶ。
フランチャスカ曰く、次の日も部屋中、ヴェルナッチャの香りでいっぱいだったそう。
ヴェルナッチャ・ディ・オリスターノのポテンシャル、潜在力に驚愕するとともに、こんな貴重な経験を共にできたことを友人に感謝した。