サルデーニャ北東部の町、ベルキッダには、組合員で構成されるカンティーナ・ソチャーレのほかに6つのワイナリーがある。人口3千人弱の小さな町としてはワイナリーの数は多い方であると思う。
それは、サルデーニャ唯一のDOCGワインの産地でもあるし、花崗岩のリンバーラ山の麓の谷間の丘陵地帯というワイン作りに適した環境であるからとも言える。
ただ、隣村のやはりヴェルメンティーノ・ディ・ガッルーラDOCGの最も有名な産地であるモンティの人々から言わせると、ベルキッダにはブドウ作りの歴史がなく、牧畜やコルクが、100年前までは主要な産業だったではないかという議論となる。
確かに、ベルキッダのワイナリーの畑のほとんどは、モンティからベルキッダの間であり、ベルキッダを超えて、オスキリへ向かうと、ブドウ畑はほとんど見あたらなくなる。
6つのワイナリーは、以前は、各々、自分のブドウ畑で栽培したブドウをカンティーナ・ソチャーレへ卸していたが、自分のワインを作りたいと独立したワイナリーがほとんどだ。
そのため、ワイナリーの歴史は浅くても、ブドウ栽培は、おじいさんの代から3代目、という人がほとんど。
ジョアッキーノのワイナリー、ウン・マーレ・ディ・ヴィーノ UnMarediVinoも、ヨアッキーノのおじいさんがブドウ畑をはじめ、ジョアッキーノが自らのワイナリーを立ち上げる前までは、カンティーナ・ソチャーレにブドウを売っていた。
ジョアッキーノとの出会いは、オリスターノの大学(サッサリ大学だが、場所はオリスターノにある)で、ブドウ栽培と醸造学を勉強していたおよそ10年くらい前に遡る。
仲間とは交わらずに、いつも一人でいて寡黙な雰囲気を漂わせていたので、初めてジョアッキーノのワイナリー、ウン・マーレ・ディ・ヴィーノを訪れた時は、心底驚いた。
カンティーナのタンクから、醸造に用いられる器械まで、ブドウからワインができるまでを情熱を込めて一つ一つ、息つく間もなく語り続け、あっと気づくと3時間も経っていて、そこから、また、ワインの試飲がはじまり、5~6時間もずーっと世間話など全くなしで、自分のワイン作りの話を話し続けたのだ。
こんなにおしゃべりな人だったなんて。
ジョアッキーノは自分のワインをリリースして、ほんの少しの年数で、ワインガイドブックで、高い評価を勝ち得た。そして、名だたるレストランに彼のワインが置かれている。その理由は彼のカンティーナへ行って、話を聞いてみればわかる。とにかく凄い情熱の持ち主なのだ。
また、ベルキッダを訪れる機会があったら、是非、ズッパ・ベルキッデーゼ Zuppa Berchiddese を食べてみることをお忘れなく。サルデーニャの北東部、ガッルーラ地方の名物料理ズッパ・ガッルレーゼ Zuppa Gallurese のベルキッダ版。ベルキッダのズッパという意味の料理です。
ズッパガッルレーゼは村々によって、レシピが少しずつ違うが、ベルキッダのはオーブンで焼かないで、スーゴを使うのが特徴。
ズッパとあるが、スープではない。パンをズッパーレ zuppare (浸す、しみ込ませる)させた料理で、イタリア料理の中で最も近いイメージとしては、ラザニアのようなかんじです。