イタリア・サルデーニャ州全体で、わずか20ヘクタールしか栽培されていない幻の土着品種、アルヴィジオナードゥ Arvisionadu。サルデーニャの人ですら、そのブドウ品種をを知っているは多くない。
そのアルヴィジオナードゥ品種を絶滅の危機から守るために、血液学を専門とする医師のピーノ・ムーラス氏が、父親のブドウ畑を譲り受け設立したワイナリー、カンティーナ・アルヴィジオナードゥ Cantina Arvisionadu。オルビアの病院の医局長も務めたピーノ氏 Pino Mulas と同僚のもう一人の医師がオーナーのため、ドクターのワイナリーとも呼ばれる。
サルデーニャ州全体の20ヘクタールのうちの3ヘクタールをサルデーニャ島北部ゴチェアーノ地方のベーネトゥッティ Benetutti にあるカンティーナ・アルヴィジオナードゥ Cantina Arvisionadu が所有する。そのほかの大部分は、コンフラテルニタや自家用のワインを作るための小さなな畑に分散されており家族で消費されるため、ほとんど市場に出回ることはない。
2014年がアルヴィジオナードゥ品種100%のゴチェアノ G’Oceano のファーストヴィンテージであるが、ブドウ畑の歴史は長い。
アルヴィジオナードゥ Arvisionadu は、ラテン語の albu-signatu, albu (白い) – signatu (目印をつけた) という意味を持ち、古代ローマ人が美味しいものに目印をつけたことに由来する、古代ローマ人にも愛されたという古い歴史を持つブドウ品種。
ブドウ畑からは、古代ローマ時代の硬貨 や碾き臼などが見つかった。一見、ただの穏やかな田舎の風景だが、そこに何千年もの歴史が隠されているところがサルデーニャの魅力の一つでもある。
また、ワイナリーの近くには、古代ローマ時代から続く、温泉が湧き、bene(良い)、tutti(全て) という意味を持つ、ベネトゥッティ Benetuttiの町の名前は、その温泉の効用に起源をもつともされている。
ワイナリーにほど近い、1162年にカマルドリ会修道士が創設したとされるサン・サトゥルニーノ教会には、その温泉のために病が治ったことを感謝するための奉納品ex voto が多く保管されている。
温泉療養施設 テルメ・サン・サトゥルニーノ Terme San Saturnino の前に、サン・サトゥルニーノ教会が平野の中にポツンと佇む。ただし、こちらは、隣のコムーネ、Bultei に位置する。
この赤い、トラキーテ(粗面岩)で建てられたサン・サトゥルニ-ノ教会は、先史時代のヌラーゲがあった跡に建てられたというのが興味深い。
確かに、サン・サトゥルニーノ教会はこんもりとした小さな丘状の上に建っている。
なぜ、このような何もないところにポツンとサン・サトゥルニーノ教会は建っているのか?
多くのサルデーニャにある田園教会 chiesa campestre と同じく、サン・サトゥルニーノ教会の近くには、集落があったが、ペストなどの悪病によって集落は没落し、中世の頃には、もうすでに集落はなかったという説が有力。
このサン・サトゥルニーノ教会の前にある同名の温泉療養施設の近くに、天然の温泉がある。
ただし、何も表示も標識もなく、サルデーニャの人ですらその温泉の存在を知る人は多くない。温泉と聞くと心が躍ってしまうのだが、サルデーニャの人にとっては、温泉はそんなに身近なものではない。最近でこそ、美容に力を入れたり、スパなどが整った温泉ホテルもあるが、そのような温泉ホテルも基本的には、療養や治療が目的である。
この温泉を探していると、これから、温泉へ行くという人に出会った。何でも、内臓の療養のために2週間、この温泉水を飲んでいるという。温泉は入るだけではなく、飲んで病気などの治療にも用いられる。
ホースを外して、飲むための温泉水を汲む。持参したボトルに汲んだあとは、また、ホースをつないでおく。
こちらは、入浴のための温泉入口。人が入っているかどうかは、この棒が斜めにかけられているかで判断する。
かなり野性的な温泉。誰もいないサルデーニャの田舎にポツンとある。再度行ってみようと思ったときは、100頭ほどの羊の群れがいて諦めた。
また、ワイナリーの畑ののすぐそばに、6000年前のものとされるドームス・デ・ヤナスも発見された。そのドームス・デ・ヤナス内には、謎の渦巻き模様(ラビリント)が刻み付けられている。
ドームス・デ・ヤナスの刻印といえば、牛の角の形が一般的で、この渦巻き模様はとても珍しく、サルデーニャでは唯一のものと言われている。 この渦巻き模様の意味は、生から死への流れ、来世での再生を表していると考えられている。 このような珍しいものが、価値を十分に知らせることができず、ほったらかしにされている場合も多く、このドームス・デ・ヤナスも崩れてしまう危険もあるそうだ。
Domus de janas di Luzzanas は、井戸状 a pozzo の入り口で、地上から見ると、少し大きめの穴がぽっかりとあいているだけ。囲いや柵などはないので、まるで落とし穴。この中が、ドームス・デ・ヤーナスとなっている。
さて、絶滅が危惧されているブドウ品種、そして新しいワイナリーですが、そのワインの実力はといいますと、
G’OCEANO “SENNORE” 2017
5StarWines (Vinitaly2019 90 point)
Decanter 2019 Silver 銀賞受賞
G’OCEANO が2017年のDecanterで銅賞を受賞してからもメキメキと実力を伸ばしている。
サルデーニャの白ワインは一般的には早飲みのワインが主流な中、昨年からリリースされたバリックを使った、G’OCEANO “SENNORE” をはじめ、数年寝かせるとさらにおいしくなるワインを目指しているとのこと。
今後がさらに楽しみなワイナリーです。
オーナーのピーノ・ムーラス氏は、医局長まで務めた医師であり、12年間上院議員も務めた人物なので眼光は鋭いが、想像していたのとは違いとても気さくな方でした。
最初は、ファーストネームで呼んでもよいのか迷い、敬語のLei で話していたが、畑を訪れた際、お昼食べてくー?と聞かれ、暖炉に火をつけはじめ、いきなり炭火でお肉を焼き始めたピーノ氏。
ワイナリーから目と鼻の先の遺跡ドームス・デ・ヤーナスの地下にも、私が降りるかどうか躊躇しているなか、身軽にさっと降りて、上からじゃわからないからいらっしゃいと、携帯でライトをつけて6000年前の渦巻き模様を示してくれました。 それにしても、サルデーニャのワイナリーのオーナーの方って、お年を召してもなぜ、あんなに元気一杯なのでしょう?
サルデーニャの田舎にいると、何千年も前に住んでいた人々も同じ景色をみていたのではないかと錯覚させられる。 私たちは、その中のほんのわずかな数十年間を数千年間かわらない風景のなか、ちょこっと存在させてもらっているだけなのではないかと。